2013/12/28

タシカ フ タシカ



「確か」と「不確か」の違いは、たった3画の「不」の字でしかないのに、二つを隔てるのは体育の成績がいい子ならピョンと飛べるような、同じく3画の「川」じゃなくて、ゴウゴウ唸って、小舟なんか笹の葉みたいにスピンさせて流しちゃうような大河なの。

この「不」、取り払えることもあります。
その道の人や関係者に連絡して確かめるという、身近な事柄で時空が違わなければメールや電話でもできる簡単な方法で。

でも実際は確かめたいのに怖くなってキチンとチキンに収まってしまったり、それを聞いてしまうことで誰かを傷つけてしまいそうで聞いてみるのを躊躇したり。。。
幼い頃「私はこのうちの子」かどうか、聞いてしまったら真っ暗な物置から一生出て来れないような恐怖に襲われたように。


不確かでいることは宙ぶらりんの状態。
その答えを周りに求めるという選択もあるけれど、五感と全身全霊を使って自分なりの答えを探ることで先ずは自分の足から地につけることも大切なのかな。
W. Ranenさんは、「感じれば感じるほど、自分を信頼し、尊ぶことが可能になります。」と言っています。

自分がどう思うかに誇りを持つことができたら、状況は不確かであっても構わないのかもしれません。


Man, know thyself in the universe. All wisdom centers there.